mnre's diary

むぬれと読みます

中小企業診断士の実務補習に行きました

前回の記事で書いた口述試験を無事突破し、15日間の実務補習に参加した。何事もなければ今月中には官報に名前が掲載され、診断士として登録されるはずである。補習を通じて有意義な経験を積ませてもらったのでいくつか書き留めておきたい。内容的に一発で身元が特定されうるので、守秘義務も踏まえて個別具体的な話は避ける。

実務補習とは

中小企業診断士の二次試験を突破した者が診断士として登録するための要件で、実際の中小企業に赴き9時5時で5日間かけてコンサルティングを行う。これを3企業、合計15日間行うことで晴れて登録資格を得ることができる。ちなみに来年度から諸々の都合で合計日数は変わらないまま2企業になるらしい。費用は参加費に加え交通費や食費など諸々の持ち出しを含めて20万円程度と、決して安くはない。一日あたり1万円以上の負の給料が発生する。学生はまだ春休み期間だし親の資金援助もあるからなんとかなるものの、社会人は日々の仕事をこなしながら休暇も取って参加しなければならないのだから、負荷はかなり大きいはずだ。

知名度からも分かる通り、学生が取るような資格ではない。年代の最頻値は40代で、年齢層も20代~60代と幅広い。参加者は社会人がほとんどであるから、補習は企業訪問日を除き土日祝に行われる。したがって、1-2日目と3-5日目は一週間開く。

補習は居住地の中小企業診断協会が主催しているものと認識している。そのため、各都道府県ごとに形式上の若干の違いはありそうだ。訪問先企業はその都道府県の製造業、卸売業、サービス業、……と一通り経験させてもらえる。学生にとってはやはり製造業や卸売業には馴染みがなく、とっつきづらい。間違っても生産や在庫管理といった専門的な分野を担当しないようにしたい。

これ一冊のために17万円も払ったわけではない

補習の流れ

基本的には、1日目に顔合わせと企業訪問、2日目にヒアリング内容の整理と方向性の決定、3日目までの一週間で草稿の作成、3日目にほぼ最終稿の完成、4日目に最終調整と印刷、5日目に企業先でのプレゼンと反省会、という流れになっている。

1日目まで

先生からメールで診断先の資料などが送られてくるため、事前に情報を入れ、企業訪問時にヒアリングする内容をなんとなく考える。

(初回の)1日目

協会の会議室に集合し、顔合わせを行う。面子は正副の先生二人(現役診断士)と我々生徒6人の合計8人。人脈が物を言う仕事だから、先生は非常に人柄の良い方々ばかりだ。生徒も然りで、私の班はとても恵まれていたと思う。経験豊富な方々が揃っていて、人生の先輩という感じだった。なおかつ良い意味でドライな、ビジネスライクな関係を築くことができた。このあたりは班によって全く雰囲気が異なるようだが、私にはこの雰囲気がとてもよく合った。

挨拶もそこそこに企業へと向かう。診断先は運が悪ければ家から2時間以上かかるような所になってしまう。行くのは初日と最終日だけなので我慢するしかない。

まさか学生のうちに客先を訪問するという大層な経験をするとは思わなかった。周りをキョロキョロして失礼なふるまいのないようにするしかない。門をくぐる前にコートを脱がねばならないとその時に初めて知った。就活でバリバリコートのまま企業訪問していたことを思い出し非常に焦った。

企業の方も優しい方ばかりだ。というのも、診断料が無料とはいえそこそこの時間経営者が拘束され、さらに自社の機密事項を我々に丸渡ししなければならないのだから、診断を受ける側にも覚悟が要る。一人あたりの持ち時間は20分程度なので、事前にまとめておいた質問事項をもとに手際よく質問していく。強みは褒め、弱みは回りくどく聞いて、あまり経営者の機嫌を損ねないようにすると良いようだ。また、状況を見ながら、経営者が課題感を持っている部分に関しては掘り下げて長く語らせるなど、可能な限り有益な情報を集めるようにしたい。情報源の8割はインタビューである。

2日目

一番時間がタイトな日。数時間の残業は覚悟しなければならない。就労経験のない私は負の時給が発生する残業に内心ブチギレていた。皆が進行に慣れれば定時で帰れるようになる。

診断は緻密な分析を元に施策を考案するのが流儀であるようだ。PEST分析、5フォース分析、バリューチェーン分析などでインタビューの内容をしっかり整理した後、SWOT、クロスSWOTで具体的なアイデアを出していく。個人的にはアイデアベースで議論していくのが好みで、その方が新奇な案も出やすいと思うのだが、一方で世の中の中小企業には経営改善の定石すら知らない、知っていてもやり方が分からないという所が無数にあり、そういう企業に対してはこのやり方は非常に有効であるとも感じた(決して悪く言っているわけではない。経営の難しさは補習を通じて身を持って実感した)。議論が停滞する時は本当に停滞するので、一番眠い日でもある。

2日目が終わると一週間ほど空くので、その間に企業へ提出する報告書の草稿を書く。ノルマは一人15ページほどなので、いい感じに図を混ぜ文章を水増ししてそれっぽいものを生み出す。ここで頑張っておけば後々ラク

2日目と3日目の間に旅行をねじ込むこともできる(恵那峡

3日目

社会人の方々は普段の仕事もしつつ草稿を書き上げてくるため、顔が疲れている。草稿を皆でチェックして、議論の方向性や細かな修正点を公開処刑していく。基本的には個人で作業する日。

仲の良い班であれば揃って昼食をとるようだが、うちはドライだったのでまさかの各自昼食が基本だった。人とご飯を食べたのは15日間のうち半分くらいだろうか。班員と話してみると彼らの子供と私がちょうど同年代で、逆に教育や就活の話などで盛り上がるのが面白い。

4日目

決定稿を生み出す日。ここで先生にちゃぶ台返しされるとマジで怒ってしまう。一回だけやられたので最終日の反省会の時に先生に直接文句を言った。

報告書を印刷して製本し、プレゼンの練習をする。ひどい班は夜遅くまで作業するようだがうちは毎回定時だった。余裕を持ったスケジュール、大事。

5日目

始まる前から解放感しかない。相手先でちゃちゃっとプレゼン。油断していると鋭い質問が経営者から飛んでくるが、周りの大人がサポートしてくれてなんとか乗り切った。姿勢良く大きい声ではっきり発表すれば、内容がペラッペラでもいい感じのことを言っているように見える。

協会にも報告書を提出し、反省会を開いて一ターム終了。仲の良い班であれば(以下略)

1企業目と2企業目の間に旅行をねじ込むこともできる(乳頭温泉郷

感想

就活に役立つか

ガクチカとしてはある程度は有用だが、これ一本では厳しい。多種多様な人々との協働や得た知識など、あくまで学生の身分でどのように成長できたかを中心に訴えることが重要であり、間違っても実務経験やコンサルティングスキルをアピールしようものなら、大手企業や官公庁しか相手にしない、大手町あるいはリモートワーク中の自宅でふんぞり返っている大手のコンサルティングファームの皆さんに鼻で笑われるだけだ。ただ、業種にもよるが社会人の中では一定程度知名度のある資格だから高く評価してくれる人もいるし、何より本当に多くのことを経験させてもらえ、学び取れる機会だから、目先の就活にとらわれず迷っているのであれは是非挑戦してみてほしい。日本企業の99%以上を占める中小企業の現実を良くも悪くも体感することができるだろう。スケジュール的には大学一年から勉強を始め、二年の春休みで実務補習に参加できれば三年の夏インターンの選考からアピールできて美味しそう。

そのへんの中小企業よりDX遅れてる

この記事で幾度となくキレてきたが、一番キレたいポイント。企業にDXを提案する側であるはずの我々診断士が、一番DXできていない。具体的には、

  • 連絡手段はメール←!?
  • 報告書の執筆はWordで、後から人力で統合←!?!?
  • 完成した報告書はデータをUSBメモリに入れて協会まで全員揃って提出しに行く←!?!?!?!?

もうね、アホかと。馬鹿かと。こんなんで企業に対して偉そうにDXを提案しているんだから恥ずかしい。診断協会が一番診断されるべき。slackぐらいは使ってほしかった。

AIと診断士

補習中、生成AIを積極的に活用した。報告書の執筆から議論の論点の整理、果てはクロスSWOTまで、様々な方面でその有用さを実感した。人間にしかできない仕事とは一体なんだろうか。それは酒を飲むことである。これは古代ローマから全く変わっていない、人類普遍の真実である。人間が仕事をする限り、インフォーマルなコミュニケーションは重要であり続ける。新しいもの、特にアイデアや人同士を結びつける力は、少なくとも今後数十年は人間に軍配が上がるだろう。協働が必要な仕事は、意外と残るかもしれない。

まとめ

経済学部や商学部の学生であれば大学での勉学や就職活動に役立つ部分も多いとはいえ、他の士業に比べてコスパは悪いと言わざるを得ない。 独立したところで少なくとも最初の頃はムラ社会の診断協会でスネを齧らざるを得ず、事務所を建ててもそこまで儲かるとも思えない(今まで〇〇診断士事務所などを街中で見かけたことがあるだろうか)。規制産業ではないからだ。コンサルティングは診断士の資格を持たずとも行うことができる。診断士になることを望む若者は、自分がどうしてコンサルティングファームに就職してノウハウを蓄積するのではなく、あえて面倒な資格を取得してまで中小企業を専門に診ようとするのか、よく考える必要がある。私はしばらく診断士として活動するつもりはないが、ここで積んだ経験はきっと社会人生活の中で役立つだろう。他の士業ほどガチりたくはないが、微妙に時間が余っていてガクチカがほしい、そんな学生におすすめしたい。